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2005年6月16日

医師の裁量と患者の意志

担当患者が亡くなった。主治医(僕は主治医の監督の下で担当医だった)と話した。それらの過程で考えさせられた。

医師の裁量権と患者の自己決定について。昔は「先生にお任せします」だったけど、今じゃインフォームド・コンセントをゲットできてなかったら訴えられて有罪。だからといって形だけじゃダメ。例えば「治療法として考えられる選択肢をぜーんぶもれなく説明しました。患者がこれを選びました。」って言えば裁判で負けないのかもしれないけど、患者の幸せにつながるかどうかは別。目的は裁判で負けないことじゃなくて、患者が幸せになること。いくらインターネットや本で患者の医学知識が増えたといっても、判断するのまでは無理。うまそうな話に飛びついてしまうだけ。医師が善意と良識を持って、それぞれの選択肢をその患者の状態に合わせて説明・アドバイスすることが不可欠。

このとき難しいのは医師の自己満足に陥らないこと。──検査値が正常値になってよろこぶのは誰?まず検査自体が少なからず患者の負担になる上、副作用覚悟で治療を行ってうまくいったとしても、それらは患者の幸せのために本当に必要だったのか?──症状の全くない病気を発見したら患者はよろこぶのか?医師が自分の診断能力を試したいだけ?症状が出てからでは遅いのか?──合併症のリスクを冒してまで手術をする必要があるのか?(例えば未破裂大動脈瘤の手術をしたら脳梗塞になっちゃったとして、その患者が望んでいたのは「いつ破裂するかもしれない」ってゆう不安と「寝たきりになるかもしれない」の綱渡りだったのか、それとも「いつか破裂して確実に死んじゃうけど、それまでは好きなように動き回ってていいよ」だったのか?)あるいは医師が手術の技術を磨きたいだけ?──命は尊いとされてるから「助ける?助けない?」って言われたら「助けない」とはなかなか言えない。でもその結果意識なくて寝たきりになって、家族の負担は増えて。それでも患者は幸せ?家族は幸せ?「命を救った」という医師の自己満足?

僕はまだ「早く一人前にならなきゃ」ってので精一杯で、「何がその人の本当の幸せなのか」を考えてる余裕はない。ま、それで全然いいと思うんだけど、こういう視点を常に持ってはいようと思っとります。

06/16 04:02 | 医療/仕事

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