« 追い出されて | メイン | 趣味 »

2005年1月18日

カンニング

ある映画でジョージ・クルーニーが人生で重要なのは「必要性」だと言ってました。「尊敬」は人に依存しすぎだし、「愛」はまやかしだと。例えば人質が殺されないのは、生きていないと犯人の要求が通らなくなってしまうからであって、人質がかわいそうだからというのは二の次かなと。

医学科で「カンニング」が横行していて、しかもみんなそれを隠そうともしないという話、(もしそれが事実だとしたらの話ですが)これも必要性で説明がつくのではないでしょうか?

例えば東大で公正な試験が行われ、学生が必死に勉強するのは「○科○類に入学したからOK!」ではなくて、その後の成績で希望の専攻や就職先に進めるかどうかが決まるから。同じように、アメリカの医学生が激しく勉強するというのも、いい成績を取らなければ希望する研修病院に就職できないから。

一方で我が医学科では「学生時代の成績と働き出してからの実力は別だ」とも言われているし、実際、国試さえ合格すれば(合格率90%)大学時代の成績とは無関係に、しかも他の学部では考えられないくらい簡単に就職先が見つかります。そういった状況では、「公正な試験でよい成績を取らなければならない」という必要性は低くなってしまうのではないでしょうか。

ただ今後、患者や社会の要求が高まったり、国際化によって外国と比べられたりする中で「必要性」が変化してくる可能性は十分あると思いますし、そっちの方がよいのだろうと個人的には思っています。

01/18 01:53 | 医療/仕事

feel free to link GORI.EGOISM.JP since 2001/12/04 : Powered by Movable Type 5.04