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2004年12月 9日

「宇治拾遺物語」より「鼻長き僧の事」

原文

 昔、池の尾に禅珍内供という僧すみけり。真言なんどよく習て、年久しく行て貴とかりければ、世の人々さまざまの祈をせさせければ、身の徳ゆたかにて、堂も僧坊もすこしもあれたる所なし。仏具御燈などもたえず、をりふしの僧膳、寺の講演しげく行はせければ、寺中の僧坊にひまなく僧もすみにぎはひけり。湯屋には、ゆわかさぬ日なく、あみのゝしりけり。又そのあたりに、小家どもおほくいできて里もにぎはいけり。
 さてこの内供は鼻長かりけり。五六寸計なりければ、おとがひよりさがりてぞみえける。色は赤紫にて、大柑子のはだのやうにつぶだちてふくれたり。かゆがる事かぎりなし。提に湯をかへらかして、折敷を鼻さし入ばかりゑりとほして、火のほのほのかほにあたらぬやうにして、その折敷の穴より鼻さしいでて、提の湯にさし入て、よくよくゆでて引あげたれば、色はこき紫色也。それをそばざまに臥て、したに物をあてて人にふますれば、つぶだちたる穴ごとに煙のようなる物いづ。それをいたくふめば、白き蟲を穴ごとにさし出るを、毛抜にてぬけば、四分計なるしろき蟲を穴ごとにとりいだす。その跡はあなだにあきてみゆ。それを又おなじ湯に入て、さらめかしわかすに、ゆづれば鼻ちひさくしぼみあがりて、たゞの人の鼻のやうになりぬ。又二三日になれば、さきのごとくに、はれて大きに成りぬ。
 かくのごとくしつゝ、腫たる日数はおほくありければ、物食ける時は、弟子の法師に、平なる板の一尺計なるが、広さ一寸ばかりなるを鼻のしたにさし入て、むかひゐて、かみざまへもてあげさせて、物くひはつるまではありけり。こと人してもてあげさするをりは、あらくもてあげければ、腹をたてて物もくはず、されば此法師一人をきめて、物くふたびごとにもてあげさす。
 それを心ちあしくして、この法師いでざりけるをりに、朝がゆくはんとするに、鼻をもてあぐる人なかりければ、「いかにせん。」なむどいふ程に、つかひける童の、「我はよくもてあげまゐらせてん。更にその御房には、よもおとらじ。」といふを、弟子の法師ききて、「この童のかくは申。」といへば、中大童子にて、みめもきたなげなくありければ、うへにめしあげてありけるに、この童、鼻もてあげの木を取て、うるはしくむかひゐて、よき程に高からずひきからずもたげて、粥をすゝらすれば、此内供、「いみじき上手にてありけり。例の法師にはまさりたり。」とて、かゆをすゝるほどに、この童、はなをひんとて、そばざまに向てはなをひる程に、手ふるひて、鼻もたげの木ゆるぎて、鼻はづれて粥の中へ鼻ふたりとうちいれつ。内供がかほにも、童のかほにも、粥とばしりて、ひと物かゝりぬ。
 内供大に腹立て、頭かほにかゝりたるかゆを紙にてのごひつゝ、「おのれはまがまがしかりける心もちたる物哉。心なしのかたゐとはおのれがやうなる物をいふぞかし。我ならぬやごつなき人の御鼻にもこそまゐれ、それには、かくやはせんずる。うたてなりける心なしのしれ物かな。おのれ、たてたて。」とて追たてければ、たつまゝに、「世の人のかかる鼻もちたるがおはしまさばこそ、はなもたげにもまゐらめ。をこの事の給へる御房かな。」といひければ、弟子どもは物のうしろに逃のきてぞわらひける。


現代語訳

 昔、(栃木の)池の尾というところに禅珍(これで「Kくさん」と読むんだから驚きだ)内供(ないぐ)というお坊さんが住んでいた。秘伝の祈祷法を習得して、長年それを生業としている立派な人で、人々は様々な祈祷をお願いしたため、暮らし向きも豊かで、お寺の中は少しも荒れたところがなかった。お供えや灯火なども絶えないし、食事会や講演会を何度も開いたので、お坊さん用宿舎もいっぱいだった。風呂も湯をわかさない日はなくて、ヤンヤヤンヤとにぎわっていた。また近所には小さな家がたくさん集まっており、里もやっぱりヤンヤヤンヤとにぎやかだった。
 さてこのKくさん内供は鼻が長かった。15cm以上もあったので、あごからぶらぶらぶら下がって見える。色は赤紫で、伊予かんの表面みたいにつぶつぶのぼこぼこで(略せばTぼこ)、かゆくてかゆくて仕方なかった。鍋に湯を沸かして、お盆の真ん中にちょうど鼻が通るくらいの穴を開けて、火が顔に“ほのほの”と当たらないように穴から鼻だけ出して鍋の中に入れて、しっかり茹でてから引き上げると、色は濃い紫色になっていた。それから横向きに寝て、布を敷いて人に鼻を踏ませると、つぶつぶぼこぼこの穴から煙みたいなのが出てくる。さらに強く踏ませたら、白い虫が穴ごとに出てきて、その虫を毛抜きで抜いたら1cmちょっとの白い虫が取り出せた。あとには穴だけぽっかり空いている。そうして再び鼻をさっきの湯に入れて表裏ひっくり返しながら茹でたところ、そのうち鼻は小さくしぼみ上がって、普通の人の鼻みたいになった。また2、3日すると前のように腫れて大きくなってしまうのだけど。
 そんなわけで腫れてる日は結構多くて、食事をする時は、ある弟子に長さ30cm、幅3cmくらいの平らな板を鼻の下に入れて向かい合って座って食べ終わるまで上に持ち上げさせていた。他の弟子にやらせると乱暴に持ち上げるので、Kくさん内供は腹を立てて食事するのをやめてしまう。そこでこれはさっきの弟子の役目と決めて、食事のたびごとに持ち上げさせていた。
 ところがその弟子が病気で出て来れなくなってしまい、朝がゆを食べようと思っても鼻を持ち上げてくれる人がいなかったので「どうしよう?」ってわけ。そしたら召使いの男の子が「僕なら上手に持ち上げれるよ。いつもやってるお坊さんにだって負けないのになー」って言ってたのを、別のお坊さんが聞きつけて、「こいつがこんなこと言ってました」って伝えたら、そこそこの年の見た目もきちっとしていい感じの子だったので、座敷に上げたところ、男の子は特製の“鼻もたげの木”を取り出して、行儀よく向かいに座って、いい具合に、高くもなく低くもなく持ち上げたので、Kくさん内供大満足で「めちゃくちゃ上手だ、わー。いつもの弟子よりできるっ。めーにあっくす」と言って、粥を食べていたのだが、男の子はくしゃみがしたくなって横を向いてくしゃみをした。「クシュン!」(かわいー)とその瞬間、手が震えて(本態性振戦)“鼻もたげの木”が動いたから鼻は外れて粥の中に“ふたり”と落ちてしまった。Kくさん内供の顔にも男の子の顔にも粥が飛び跳ねて一面びしょびしょ。
 これにはさすがのKくさん内供も腹を立て、頭や顔にかかった粥をティッシュで拭きながら、「あのさー、キレていい? まじでムカツクんだけど。さーすーがに。小学生じゃないんだから。オレじゃなくてもっとえらい人の鼻持ち上げる時だったらこんな風にはしないでしょ? 帰ってくんない?」って(やべーKくさんマジでキレちゃってるよ…)追い出そうとしたので、男の子は立ち上がりながら「もしどっかにこんな鼻の人がいるってんならそりゃ持ち上げにも行きますよ。でもそんな人いるわけないぢゃないかーっ!! おかしなこと言う坊主だ。やれやれ」これを聞いた弟子たちは物陰に隠れて大爆笑してましたとさ。

12/09 09:50 | シリーズ『古文のすすめ』

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