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2007年5月21日
素晴らしき哉、人生!
今はだいぶ落ち着いているけど、今週は“うつ”な1週間でありました。朝病院に着くと、病棟に向かうエレベータに乗ると、、、ため息が出た。
めしが食えないから体重も減った。おなかは空くんだけど、ちょうど(何度目だろう)IDカードを紛失してたから、食堂に行っても代金が払えない。だって仕事中に財布持ち歩くなんて邪魔じゃない。余裕があるときは横柄な客になり切って「ツケといてください!」とか言っちゃうけど、そういうやりとりするだけの余力がなかった。一度、どころか二度、ちょうど一緒だった(二人きり!)Hらさんにおごってもらったことに関しては感謝感激雨あられだ。今度お礼に食事にでもお誘いしなければ・・・と思う。
原因。結局、高過ぎる理想の自分と現実とのギャップが自分を苦しめている、ということなんだろうな。コンスタントに自分を高める鍛練ができているかといえばついつい甘えてしまい、、、じゃあ理想を下げて現実を受け入れたら?といえば自尊心だけは高いのだから手に負えない。「今のままでもいいんだよ」と言ってくれる人もいるのに、「いや、もっとできなきゃだめだ」と。で悪循環に陥る(笑)
具体的には、手うすの内科、もっとしっかり勉強しないといけない(3年目になって外来も始まったし、新1年目も入ってきたし、2年目にはもう抜かれている部分もある)んだけど、病棟の患者だけで精一杯、というかそれすら不十分だ。手持ちの知識でやりくりしてるだけではいつまで経っても成長しなわけで、新しい知識を取り入れて実践していかないといけないのに。病棟業務をさっさと終わらせればいいんだけど、もともと優柔不断で(モニターや検査結果などの)数値にとらわれがちなのに、うつなもんだからさらに決断が遅くなるときたもんだ。ほんとやれやれなんだ。
それでいて家に帰ればついダラダラしてしまって寝るのが遅くなる。寝坊しそうで恐いから病院に泊まる。(病院なら8:25に起きても仕事に間に合うからね。)どうせ病院に泊まるなら仕事遅くてもいいや。で、この悪循環。1週間ずっと泊まってたよ。仮眠室、研修医室だけじゃなくて、救急外来の点滴室とかナースステーションとかにも泊まってしまった、、、。
他の理由もある。家に帰ったらダラダラしちゃうけど、病院にいれば勉強する、ってほのかな期待。「今日は遅くまで残って勉強をしよう!」って。でも実際は前述の通り。あと患者の病状に対する不安。輸液は今の量でいいのかな?少なくて脱水にならないか、多過ぎて心不全になりやしないか、、、夜中も尿量チェックして点滴変更できるからね。これも勉強して“予見できる”ようになれば適切な指示出して帰れるんだろうけど、予測が立てられなくて、、、まだまだなんだよね。
そんな中、唯一の肯定的な要素、自分を支えてくれてるのがO先生の言葉なんだ。
「若いうちはそこにいることが大切だ」
研修医(もう初期研修は終わっちゃったけど後期研修医だし、実際中身はたいして違わないもんな)は、知識や技術よりもそれ以上に何かが起こったその場にいて、初期対応をしたり、手伝いをしたりすることが大事だ、ってことなんだけど、これは他の先生も言ってたな。
以下はいずれも担当でも何でもなかった患者とのかかわり。こういうのが大事なことではあるのかな、と。
先週末は急変した肺炎患者に僕がICUで挿管して人工呼吸器の管理をした。別の夜中には胸部外科の患者の人工心肺が故障して血圧が下がってきたときも交換を手伝った。一方で先週は病棟でナースに相談された患者の腹痛を過小評価したばっかりに翌日その人は不安定な状態で緊急手術になってしまった(なのにやさしい言葉どころか感謝の言葉をかけてくれた外科のI村にはとても救われた)。今週はその反省を生かして別の腹痛患者を積極的に精密検査したんだけど、そしたら見つけなくていい病気を見つけてしまって主治医を困らせてしまった、、、。
──そのうち気持ちも落ち着くでしょう。気分転換したところで根本的な解決にはならなくて、ただ先延ばしするだけ。今は仕事のことだけ考えて少しずつ進んでいく以外に解決策はないとみた!どうせ家に帰らなきゃいけない理由もないし、(“研修医”に近い意味を持った)“レジデント”って言葉は語源的に“(病院に)住む人”って意味なわけだし、まぁ今は「そこにいることが大切」これを信じてがんばってみるさ。でもS先生、朝5時に心肺停止患者が救急搬送されてきたときに、僕が院内にいなかったからって起こるのはやめてください!
05/21 00:31 | 医療/仕事
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