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2005年11月 9日

高齢者医療

11/5はおばあちゃんの誕生日。うっかり忘れて翌日電話。「昔は長男、次男も電話くれたけど、今じゃ外に出た人で電話くれるのあんただけだわ」ってよろこんでくれた。

今年で85歳。あと3年で米寿かぁ。パパのママで僕は高卒まで18年間同居してた。元国語教師でいわゆるキャリア・ウーマンのはしり。(同じく教員だった)おじいちゃんは40代で死んじゃったから、その後は女手ひとつで3人の息子を育てた(といってもパパは「仕事で忙しくて何もやってくれなかったから自分たちで全部やった」と言っている)。

退職後も町史の編さん委員、更生保護婦人会といった仕事(なのか?)したりで、町の人からは「Mちこ先生、Mちこ先生」と尊敬されてる。そのくせ自分は近所で人の悪口ばっかり言ってあっけらかんとしてるからママは呆れてるけど。校長もやってたおじいちゃんの分も年金もらってるから、うちじゃ一番のお金持ち。旅行、コーラス、お芝居と遊び放題。予定がない日は家で草むしり。昔いびられた仕返しをしているママにいじめられてもやっぱりあっけらかんとしてさっぱり意に介さない無敵のB型。そんなおばあちゃんが僕は大好きなんだけどね。

ここ何年かは電話で話すのはいつも「ぽけちゃって物忘れがひどい」「また友だちが死んじゃってさみしいわー」ばっかりだけど、まだまだもっと話がしたいって思ってる。ときどき戦時中の話だとか、人間関係や人生の哲学みたいなの聞かしてもらって面白かったな。今んとこ死ぬ予定は全くないみたいだけど、「いつ死んでもいいように好きなことやっときなよ、お金もあるんだしさ」「そうしてるよ。死ぬ時はぽっくり死にたいねー」って。ほんといつ死んでも満足なんじゃないかな。残される方はちょっとさみしいけど、本人が自分の人生に満足して死んでいくのってステキだと思う。

健康なおばあちゃんしか知らないせいか、病気になって楽しくやれなくなったら生きててもしょうがない、みたいな気持ちがある。延命治療、寝たきり、植物人間、脳梗塞後遺症…そういう人たちが生きていくのをサポートしようって気持ちが正直わいてこない。「この人は何のために生きているんだろう?」正直そう思ってしまう。高齢の患者の多い領域でやっていく自信がない。小児科や救急に魅力を感じる。「まだ死ぬな」って人を助ける。モチベーションがわかりやすくていい。今後変わっていくかはわかんないけど。

11/09 00:02 | 医療/仕事

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