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2005年10月18日
患者に「ごめん」てどうなのよ!?
医療現場でしばしば目にし、僕がいつも気になっているのがこれ。処置中に医師(あるいはその他の医療従事者)が患者に対して「ごめん」と言う。注射が痛いとか、胃カメラが苦しいとか、暴れる人の体を押さえるとか。でもこいつはおかしいですよ。なんで謝る必要があるのだ!と僕は言いたい。
もちろん、医師の過失や失敗で痛い思い、苦しい思いをさせたなら謝って当然というか、謝らないのは大問題だ。でも、注射にしろ、胃カメラにしろ、抑制(体を押さえて動けなくすること)にしろ、医療上必要があってすることでしょ。
しかも、この「医療上必要」というのは、「医師自身の満足のために必要」とかではないですよ。患者が医師に「医療行為をしてくれ」と頼んだ(そういう言葉を交わしてなくても病院に来た時点である程度の依頼でしょう)からこそ、医師が専門的知識で必要なことをピックアップ、そしたらそれが不運にも(命に関わるような「おおごと」を改善するためなんだから体に大きな負担がかかってしまうのは「必然」なのかも知れない)「痛いこと苦しいこと」だった、というだけではなかろうか。(ちゃんとインフォームド・コンセントをもらえたかどうかという問題が別に出てくる。)
契約──この考え方は日本人にはしっくり来ないということはわかるけど、それでも今の医療行為は貨幣経済に乗っかって民法上の契約行為として行われているのは紛れもない事実。にもかかわらず、患者も医師も「お医者様がありがたいことをして下さる/あげる」と思っているのでしょう。だからこそ「(やってあげてるのに)痛い思いさせちゃってごめんね」という発想になる。もちろん患者が医師に感謝する必要がないとは言わないし、医師の行為が尊いのも認める。でももっとフランクリーに行こまい。
「病院」という名のお店に、「患者」と呼ばれる客が来て、「医師」と呼ばれる店員に、「医療行為」という名の商品を注文する。医師は「お客様の状態ですと、こちらとこちらがよろしいかと思います。こちらの商品のよいところはこれこれで、悪いところはこれこれです。またこちらの…」と十分に説明。客はじっくり悩んだ後、自分の意志で「じゃあ、これ下さい」代金を払って、商品を手に入れる。商品が痛くても、あらかじめ説明されてるから知ってて買ってるわけだし、別に店員が意地悪して痛いわけじゃないから、「痛い!」と声を上げることはあっても、文句は言はない。それに対して店員に謝る必要があるとは思えない。
こうやって考えると、インフォームド・コンセントの重要性がよくわかる。あれは「医師の責任逃れ」と揶揄され、当の医師自身、恥ずかしそうに申し訳なさそうに同意書を書いてもらっているけれども、実は、患者が医師に医療行為を依頼する契約書であり、患者自らの選択、意志のあらわれじゃないですか!(医師がパターナリズムで患者に「やってあげてた」時代から連続してとらえると、確かに軟弱な責任逃れに見えるけど、根底から考え方を変えるわけです。)
最後に問題点。患者の病気を治そうとしても、健康になってしまうと医師は仕事がなくなってしまう。かといって「お大事に」の代わりに「毎度あり。またのお越しを!」なんて言えるわけない。アンド。商品なら金持ちは欲しい物を欲しいだけ買える。貧乏人は欲しくても買えない。それでいいとは思えない。
10/18 22:55 | 医療/仕事
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