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2005年5月 2日

あいさつ2

実はエントリー「あいさつ」は、当初の予定ではもっと長くするつもりだったのですが、あまりにも冗長な文章になってしまったので、あのように短くしたという経緯があります。今日はそこらへんについて書きますです。

僕はあいさつが好きです。それはあいさつをすることで交流が生まれるからです。大学時代を例にとって説明します。

まず、いつも一緒にいる人たちとあいさつをしました。彼らと話したい、ふれあいたい、たわむれたいとき、さすがに最初っから本題に入るわけにはいきませんから、初めにあいさつをしてきっかけを作るように心がけておりました。

また、いつも一緒にいない人たちともあいさつをしました。ポリ班が違う同級生、部活が違う後輩たち、病院や研究室の先生方とは、いつも一緒にいるわけではありません。去る者日々に疎し、何とかしないとせっかくの出会いが意味をなくしてしまいます。それは避けたい。すれ違いざまにあいさつだけでもすることで、彼らの記憶の中に僕をとどめ続けようとしたわけです。

ところで、自分の感覚としては、あいさつされて応えるよりも、こちらからあいさつすることの方が多かった気がしています。これは僕が立派な人というわけではありません。これが意味しているのは、僕が相手よりも、あいさつすることで2人の関係を維持したい欲求が強かったということです。僕にとってあいさつは、僕はあなたのことを思っています、僕はあなたにかまってほしいです、僕はあなたとつながっていたいです、という愛の告白そのものなのです。(ちょっと卑屈ですが…)

そしてこれは職場でも同じことです。先輩の先生方、僕はあなたに従順です。患者さん、僕はあなたのしもべです。そう伝えたいので、僕はあいさつをします。

でも僕とは違う人もいるはずです。つまり、特に他の人とのつながりを求めていない人です。そういう人たちにはあいさつは不要なのではないでしょうか?少なくとも個人的なレベルでは不要だと僕は思っています。

しかしながら「職場」では、そういう人たちにもあいさつが必要になのかもしれません。円滑なチーム医療を提供するためには、良好な人間関係が不可欠で、そのためにあいさつが有効そうだからです。でも、これだけの理由で普段あいさつを不要としている人たちが、あいさつをするようになるのでしょうか?自分のやり方を変えるのは難しいことでしょうし、そもそも「あいさつなしでも仕事はできる!」という意見の人もいるかもしれませんよ。

──とまぁこういうようなことを書きたかったけど書けなかったのが前回でした。要するにあいさつを「エゴイズム」と「必要性」で考えてみたわけです。みなさんはどうお考えでしょうか?

05/02 20:38 | 今日のDすけ

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