2005年10月26日
患者中心の医療
と言ってみたところで、日本は歴史的に個人的なことでも家族の意見に強く影響される国ですから、そんなところにぽんととってつけたように歴史的に自己とか意志とかが大切にされてきた欧米の考え方を当てはめたこと自体がそもそも早計だったのでしょう、なかなか真の意味での患者中心の医療というのは実現が難しいようです。
癌の告知とか。「本人はショックに耐えられないから」と家族は本人のためを思って伝えないことを望みますが、でもこれは、ショックを受けた患者を支えれる自信がない、見るに忍びない家族の「エゴイズム」であって、「思いやり」ではないのでは?少なくとも、患者が一度受けたショックから立ち直って前向きに生きていける可能性を否定します。別に強くしっかり支えなきゃいかんとは思いません。家族の辛さが伝えちゃっても全然いいと思う。それよりも本当のことを言えない家族との間に疑いや孤独といった悲しい空気が流れることや、余命3ヶ月なのに5年は生きれる気にさせてしまって、その時こそショックは受けずにやりすごせますが、いざ2ヶ月経って起き上がることすらできなくなった時に、「実は3ヶ月だったんだ。そうとわかっていたら2ヶ月のうちにあれもこれもやっておくんだったのに」なんてことになり兼ねない。人生最後の貴重な時間を無駄に過ごしてしまいます。
実際、僕の知る限りでは(少ない経験ですが)、高齢者は家族や僕たちが思ってるより強いし、頭もはっきりしている、そういう印象を受けます。特に90代、伊達に明治を生きてない。昔からの考え方の人であっても、やっぱり個人の意志、(家族中心でなく本当の意味での)患者中心の医療を心がけたいものです。
10/26 22:41 | 医療/仕事
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