02/26 産婦人科実習@岡崎
産婦人科のポリクリは2週間あって、1週目は名大病院でだけど、
2週目は1人ずつ分かれての外病院実習で、Dすけは岡崎市民病院。
実はじゃんけんで負けて近場を選べなかったってことだけど、
遠い中でも先輩たちがたくさんいる岡崎に行ったら面白いかなというわけ。
まず、人生で初めて立ち会った「お産」から。
外人好きなせいか知らないけど、フィリピン人の女性だった。
まぁ自分で見るのが一番だと思うから詳しくは書かないけど、
赤ちゃんが出てきた後のお母さんの恍惚の表情、
「やったんだー」ってゆう満足感あふれる落ち着いた顔が印象的だった。
どこの馬の骨とも知れない若い男に見られてたのは微妙だったと思うけど、
「お疲れさまでした」って言ったら笑顔で応えてくれた。
感謝、素直、新鮮、そんな言葉で表されるような前向きな気持ちになった。
「生命の神秘」ってゆう分野の貴重な体験だった。
でも岡崎の産婦人科はなかなか忙しいところで、
カバーしている人口が多いからたくさんの患者が来るし、
トヨタの工場とかで働いてると思われる外国人の患者も多いし、
しかも近くに不妊治療をやってる開業医があるせいで、
双胎(=ふたご。不妊治療でなりやすい)で切迫早産の患者も多い。
そんなわけで忙しくて、夜に緊急手術に入るのも稀ではなくて、
2日目と3日目は11時、10時まで手術だった。
2日目はA田さんたちに飲みに連れてってもらえる約束だったから、
担当の先生にその旨伝えたところ、
先生「残念だねー、なかなか予定通りに行かないんだよねー」
Dすけ「というとやっぱり手術入らないとまずいですか?」
先生「そりゃそうでしょ。何のために実習に来てるんだよ」
Dすけ「・・・・」
これが現場なのか、って痛感したね。
確かに残念だったけどそれを痛感できたって点ではよかったかな。
そんなわけでその日は11時過ぎに遅い晩飯を買いに歩いて近くのコンビニへ。
途中、きれいだと噂の岡崎の夜景を携帯カメラで撮ってみる。
100万ドルの夜景
しかしながら3日目は手術の後、
産婦人科の先生方においしい中華料理屋に連れてっていただきました。
支度する先生方を待っている間、医局でK猛さん発見!!
カラアゲ弁当を食べているK猛さん+Dすけ
今は循環器内科を回っていて、カテーテルとかで忙しそうでした。
岡崎のOBと現役部員でテニスの対抗戦をやろうという話、
来年になってYぶさん+K悠さんが加わったらやろうぜということでした。
産婦人科の担当の先生の話で考えさせられたこと、
患者とのコミュニケーションについて最後に。
テーマは「何のためのコミュニケーションなのか」
コミュニケーションの取り方ではなくてね。
先生が大事だとおっしゃってたのは、患者の医師に対する「信頼」「信用」で、
そのためにコミュニケーションが大事なんだと。
たとえインフォームド・コンセントして文書に残しておいたとしても、
問題が起こったときには「説明が不十分だった」とされて裁判では確実に不利。
そうならないためには「コミュニケーション」が大切で、
それによって信頼・信用が生まれていれば、
問題が起こったときにも患者側は納得して矛を収めてくれると。
確かにその通りな気もしたけど、でも違和感があった。
だってこれってめちゃくちゃ感情的な話で、
「仲のいい人にやられたら許すけど、知らない人にやられたら許さない」的な
ずいぶん幼稚な姿勢なんじゃないかしらと。患者側がね。
Dすけ的には、コミュニケーションというのは、
自分とは違う別のものであるところの他人と意志疎通するための手段。
他人というのは自分とは違うものなんだから、
考え方だって感じ方だって全然違うわけで、
黙っていたら以心伝心などするはずもなく、
相手を思い遣ったところで結局自分の感覚でしか思い遣れないのだから、
相手の求めているものと違ってしまうことが多々あって、
そんなわけだから今どう感じているか、相手をどう思うか、何をしてほしいか、
そういうことは積極的に伝えなければならず、
そしてそこで主として力を発揮するのが「言葉」や「言語」なのだ、と考える。
もちろん視線とかジャスチャーとか沈黙とか、
ノンバーバルなコミュニケーションもありだけどね。
そんなわけだからDすけ的には、ちゃんと文書まで残してるんだから、
患者は文句言ってはならないし、裁判も医師が勝たなきゃならないと考える。
そもそも合併症は起こりうることなんだから仕方ないのだ。
医師はその可能性を十分に説明し、患者はそれを理解した上で同意書にサインするべきだ。
資格のない者がやっていた、正規の手順を踏まなかった、よそ見してた、
おしゃべりしていた、みたいなどうしようもない理由はともかくとして、
資格のある者が、細心の注意を払って、正規の手順を踏んだにもかかわらず
起こってしまったことは罪に問われるべきではない。仕方ないんだから。
だから、問題に発展するか否かを、信頼されているか否かに頼るべきではない。
それが日本的なのかも知れないけど、それでは多分うまくいかない。
確かに信頼を得ることは大切だ。
それによって医師と患者のコミュニケーションが円滑に進むだろう。
しかし医師として一番重要なのは「信頼されること」自体ではなくて、
「十分に説明すること」だと思う。
仲良くなることではなくて、患者が医療行為を選択し、決定する手伝いをすることだ。
患者のことを考えて、十分に説明しようと努力すれば、
その姿勢から自然に誠意があふれて、信頼も後からついてくるだろうし。
同意書を渡して「ここにサインして」といってサインさせる医師も、
渡されて文面に目を通すことなくサインする患者も、ありえないってことだ。
──何か初めて書いたことだからうまくまとめられなかったけど、
推敲する余裕ないからこのまま掲載。
最終日、かわいかった事務員のおねえさんに一緒に写真撮ってもらった。
許可取ってないから肖像権の問題で顔はお見せできないけどねー。
事務のおねえさん+Dすけ
うーんなかなかハードな1週間だった。充実してたけど。