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高校は私立を受験。片道1時間半かけて渋幕へ。人口12,000人の山武郡松尾町から900,000人の政令指定都市・千葉へ。 部活やるならバレー部だったけど入らなかった。いわゆる帰宅部。行き帰りで3時間かかるんだからその上部活までやっちゃったら体力的にも勉強的にもまずいでしょ、ってのが公式見解。 でも本音はこう。中学校のときでさえスタメンなるの大変で、レシーブ下手なの悩んだり、オレなしで準優勝されて落ち込んだり。高校にもなればみんな経験者でうまいだろうからなおさらオレなんて出番ないに決まってる。なにくそと頑張ればよかったんだろうけど、田舎から都会に出てきたってゆう緊張感もあったのかな、結局逃げた。 部活やってりゃ部活の友達ってゆうかけがえのないものができたんだろう。部活やってた人見るとそう思う。もちろん帰宅部同士つるんで友達だったからいいんだけど、それまで部活やって「第一線」で目立ってて、スポーツやってるいわゆる「メジャー」な存在だったのが、帰宅部になって、スポーツしてなくて、どっちかってゆうと「マイナー」な存在になってしまったわけ。模試なんかでは校内1位だったりしたから名前は知れてたし、他のクラス、特に内部生(渋幕では中高一貫組の「内部生」と、高校受験組の「外部生」は3年間同じクラスになれない)にも積極的に友達を作っていってたけど、なんか屈折した気持ちを持ってた。 小・中と「スポーツができるか否かが重要なステータス」と刷り込まれてきたオレとしては、そしてみんなの注目を集めて目立つのが大好きだったオレとしては、高校時代はどっか屈折してた。学校と自宅が遠かったから休日は基本的に一人だったしね。たまに学校よりも遠い友達ん家に泊まりに行って徹夜で麻雀するのは楽しかった。当時は対々和しか知らなかったけど。 高3になってみんなが部活を引退したことで事情は変わった。それまでオレは帰宅、みんなは部活、とすれ違ってたのが、お互い同じ状況を共有できるようになった。友達の数が急に増えたのがこの時期。いつも図書館に行って勉強。効率や集中力の面では絶対家でやる方がいいんだろうけど、友達と一緒ってのが楽しかった。休憩してジュース買いに行って、廊下のベンチで話し込むとかね。そしてサッカー。10人前後が集まって、ハンドボール場で毎日1〜2時間サッカー。制服をびしょびしょにして、受験勉強から逃げるようにサッカーに打ち込んだ日々。確かに現実逃避だったけど、情熱はすごかった。 サッカーは秋・冬のことだったから前後しちゃうけど、高3の春に球技大会があった。花形はサッカーだったんだけど、オレはもちろんバレーボール。他のメンバーは正直言って余り物に近い状態だったんだけど、がんばろうぜって。ところが予選リーグ第1回戦から優勝候補。現役バレー部が2人(学年にバレー部は4、5人)。 とは言っても他のメンバーは初心者なんだからそこを狙えば何とかなるかも。ひとり経験者だったオレがセッター(トス上げる人)やってW南ってゆうラグビー部の巨漢にスパイク打たせる。現役バレー部のスパイクはオレがブロックする。ときには相手の初心者狙ってフェイントも打つ。で結局勝っちゃった。 わきで見てた内部の友達がキャーキャー応援してくれてうれしかった。目立てたぜって。ちなみに同じクラスの人は1人も応援に来てくれなかった。他の競技の最中だったり、サッカーの応援してたりで。 試合後、現役バレー部の人に言われた。「なんでバレー部入らなかったの?」「え、いや…」 そうか、オレでも通用したんだ…。現役バレー部を打ち負かした喜びはあった。でもこんなことなら逃げないでバレー部入っててもよかったんじゃないかって後悔の方が強かった。少なくとも一度入ってみて、やってみて、挑戦してみて、それから通用するか、あきらめてやめるか考えればよかったんだ。そしたら高校生活は全然違うものになってたかも知れない。変な屈折した気持ちを持たないでよかったかも知れない。 でも逆にさ、部活に打ち込んでたら今ここ、名大医学部には来れなかったかも知れない。後悔はしてるけど、今のオレがあるのは高校で部活をやってなかったからだと考えれば、まあいい思い出ってことでこうして『ナルちゃん在り…』のネタにもできちゃうってわけよ。 |