11/14 『資本論』(後編)


 小学校以来、歴史が好きだった。高校のときには特に世界史が大好きでマニアだった。たくさん覚えた。でも今思えば。オレが覚えてたのは政治の話、それも個々の事例ばっかりだった。誰が王様になったとか、何年に誰と誰が戦ってどっちが勝って支配を強めたとか。んなこたどうでもいいじゃん。平成何年に橋龍が総理大臣になっていつ総選挙があって、総裁選は誰と誰が戦って、小渕が第何代首相で…そんなの物知りってだけで何の役にも立たん。大事なのは自民党とは何なのか、彼らの政策の真意は何なのか、オレはだれに投票したら日本のためになるのか…ってこと。歴史で大事なのは政治の出来事を細かく暗記することじゃなくて、むしろ経済の流れをとらえることじゃなかろうか。前編では生産様式の流れを見た。後編では資本主義のところで述べた「労働者が搾取されて資本家が利益を得る」ってところを考察する。




 はじめに。商品交換のお約束、それは等価交換。物々交換では価値が等しくないとダメだし、貨幣を介した売買でも価値と価格が等しくないとダメ。資本家が利潤を得るといっても原則として等価交換の約束は守ってる。労働者が搾取されるといっても、大した価値がないものを高い値段で買わされてるってわけじゃない。

 次に商品の価値について。同じモノなら価値は量で決まるライスはハーフライスの2倍の価値があるってこと。当然。では違うモノの場合はどう価値を決めるかというと、それを作るのにかかった労働時間で決まる。違うモノとはいえ、人間の労働の結晶であるという点では共通しているでしょ。水が限りなく無料に近い一方でオレンジジュースが1缶で120円なのは、ジュースの方が物質として水よりも優れているからではなくて、作るのにそれだけ人間の労働が関わってるってこと。正確にはオレンジジュースの価値はジュースを作る労働時間だけでなく、原料であるオレンジを生産する農家の労働時間、それを工場まで運ぶうんちゃんの労働時間、工場の機械を作るのにかかった労働時間、機械の原料である鉄を採掘・精製するのにかかった労働時間…の総和である。

 今の社会では昔のような奴隷や農奴といった身分的差別はない。だれもが平等で対等であることは法律が保障してくれる。しかし生活に必要な物資を生産しなければ生きていけないのは今も昔も変わらない。ただ労働者は生産手段(機械、工場、土地)を持たないので、それを所有する資本家に自分の労働力を売って、賃金を得て、生活物資を買う。そこには、労働力という商品の売り手としての労働者と、買い手である資本家という対等な関係があるが、この取引が成立した瞬間から労働力は資本家の所有物となり、労働者は資本家に隷属することになる。

 さて、労働力の価値はどう決めるかというと、実はオレンジジュースと一緒。オレンジジュースの価値がオレンジジュースを構成する原料や工場の機械の価値の総和で決まったように、労働者の価値も労働者の原料や工場、つまり衣食住といった生活物資の価値の総和として表される。その生活物資の価値はそれを作るのに必要な労働時間で表せるから、結局労働力の価値もまた労働時間で表せることになる。

 で、実際に労働力の価値が労働4時間分だとすると、資本家は4時間分の賃金を支払う。また、この労働者は毎日4時間働けば生活していけることがわかる。しかし彼は8時間働かされているだろう。4時間分の賃金で8時間働く。4時間ただ働き。資本家は得をするが、労働者が不当に損をしているというわけではない。資本家は労働力の価値に等しい賃金を支払っていて、等価交換の約束はしっかり守られているからだ。この不当ではないが、はじめから資本主義のシステムに組み込まれている「ただ働き(不払労働、剰余労働ともいう)」のおかげで、資本家は労働力を使えば使うほど、正当に堂々と利潤を得ることができるのだ。

 しかも労働者はここから逃れることはできない。人間は生活するために必要なモノを作らなければならないが、労働者は生産手段を持たないから、それを持つ資本家に頼らざるを得ないのである。奴隷制・農奴制のときと異って、労働者が資本家に隷属して、搾取されている構図は巧みに隠蔽されていて見えずらい。隷属しているといっても肉体的・身分的に自由なのは法律が保障してくれる。しかし、実はその法律自体資本主義に都合よく作られたものだとしたら。憲法29条「財産権はこれを侵してはならない」ってゆうけど、貧乏人には侵されて困るような財産はありません。金持ち資本家を助けてるだけ。




 オレの文章力だとすんなり納得できないかも知れない。でもそれなりの本を読んでみれば、理解できるはず。なんかしっくり来ないけど、まじでそうなの? 労働者ってカモられてるの?って思った方はぜひ『資本論』の勉強してください。麻雀と一緒。やる前から金がこう動くってのはわかってるけど、「公平なゲーム」の名のもとに事実が巧みに隠されている。

 では初めに戻ってどうして『資本論』が学校で教えられないか、ということについて。だって教えちゃったら国民の大半を占める労働者階級がだまっちゃいないでしょ。青木雄二が言ってるけど、自民党ってのは別に自由で民主的な党では決してなくて資本主義擁護党、金持ち資本家の味方。その自民党が政権取って文部省支配して学校でマルクス教えないようにしてる。

 道は2つしかない。資本主義のシステムの中で成功して金持ち資本家になるか、資本主義を倒してみんな平等共産主義にするか。どっちにしても相当厳しい道だよね。難しいこと考えないで、楽しくテニス・麻雀・X‐MENして、マンガ読んで、テレビ見て、HP更新…って方が絶対楽なんだけど、搾取されっ放しでいいのかなーと悩む今日このごろ。仮に搾取され続けるとしても、事実を知らないよりは知ってる方がましではある。

 あ、あとこれ読んでる中にお金持ちの友達いても怒らんでね。別にケンカ売ってるわけじゃないから。前編でも書いたけど資本主義が崩壊するにはまだ100年も先のことだしさ、いくらオレが40万搾取されて金なくても今から革命起こして金持ちぶっつぶせーってんじゃないからね。